デイリーNK髙英起の「髙談闊歩」第87回

金正恩氏の核保有、もはや解決不可能?
日付: 2025年09月30日 09時55分

 北韓の非核化はますます困難さを増している。金正恩総書記は9月21日、最高人民会議で重要演説を行い、韓国を「敵国」と断じて南北統一を全面否定、そのうえで「非核化はあり得ない」と明言した。核放棄を前提とした対話路線を取る韓国の李在明大統領の「凍結・縮小・非核化」の3段階論は、北韓の立場を前にして現実味を失いつつある。さらに、米国のトランプ大統領が北韓の核保有を容認しかねない姿勢を示しており、もし米朝会談が実現すれば、北韓の核保有が事実上認められる懸念も高まっている。
こうした状況下で浮上するのが、いわゆる「悪夢のシナリオ」だ。金正恩氏が韓国軍の斬首作戦(KMPR)で排除された場合、自動的に核ミサイルが発射される可能性である。韓国のシンクタンク「サンド研究所」傘下のメディア「サンドタイムズ」は、全成勳・元統一研究院長の寄稿を引用し、北韓が旧ソ連の「死の手(Dead Hand)」に類似した報復体制を構築した可能性を報じた。全氏によれば、2022年9月の最高人民会議で採択された「核武力政策法令」には、指導部壊滅時に自動報復を可能にする条項が含まれており、第3条3項は「指揮統制体系が危険にさらされた場合、事前の作戦方案に従い核打撃が即時断行される」と明記されている。これは北韓版「死の手」の存在を示唆するものと解釈される。
その後も北韓は23年、24年に核反撃総合訓練を実施し、「核攻撃命令の認証手続き」や「発射承認体制」を点検したと公表した。さらに国家最大級の警報システム「火山警報体系」まで稼働させ、核指揮統制の多重化・半自動化を誇示している。米国防総省のコルビー元政策次官も「北韓が指導部喪失時に自動報復を行うと仮定すべきだ」と警告し、米国本土への核攻撃リスクを否定しなかった。
こうした新たな現実は、韓国軍の斬首作戦戦略に深刻な疑問を投げかける。核保有国の指導部除去を試みた成功例は歴史的に皆無であり、むしろ全面的な報復を招く危険があるからだ。
全氏は「斬首作戦は象徴的抑止カードとして維持し得るが、公然と強調することは逆効果」と警鐘を鳴らし、「北韓が報復体制を整備しているなら、数十倍の反撃を招きかねない」と強調した。
金正恩時代の核開発は、交渉のカードを超えて国家の「国是」と化し、体制存続の究極手段として核を位置付けた。制裁や圧力で北韓の経済と国力が弱まれば、韓米日は有利な環境で核問題を解決できるとの青写真は現実性を失い、むしろ「北韓版・死の手」という新たな脅威が浮かび上がっている。
「いずれ金正恩体制は崩壊の危機に瀕する」との先入観で北韓を見ている限り、韓米日は永遠に金正恩体制に頭を悩まされることになりかねない。

 高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。


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